2019年02月

残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?
皆さんは残業をしていますか?
僕は月30時間程度しています。
1日にすると、1時間半くらいでしょうか。

10時に出社してパソコンの切れる21時まで作業するので8時間労働+2時間残業。
たまに早く帰って平均すると1日1時間半という感じです。

まぁそんなもんかな、と思っていたのですが、「残業学 ~明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?~」(著:中原淳 + パーソル総合研究所)を読んで、考えと行動が変わりました。

自分がいかに日本の「残業」に飲み込まれていたかに気づきます。

そしてこの本では残業のメカニズムと対策が紹介されるので、この記事では簡単に説明していきます。



残業月平均27時間は多すぎ?

残業している人に限定すると、日本の一般従業員の月の残業時間の平均は27時間程ですね。
残業時間の平均

これは、残業をしていない時短社員等は抜いてあります。 あと、管理職も抜いた数字です。

あなたの月の残業時間は27時間と比べてどうでしょうか?
また、業種や職種と照らし合わせた時に、どうでしょうか?

僕は人材業界なのでサービス業が近く、平均28.85時間です。
職種は企画職で、こちらも28.85時間が平均です。
僕は残業30時間程度なので、まさにこの数字に近いですね。

そもそも、日本の残業時間が他国と比べて多い中で、日本の平均と比べるのもどうかとは思います。

ただ、まずは自分がどう感じるかを量的な観点で考えてみて下さい。

僕は正直、多いとは感じていませんでした。

しかし、これからの世の中を考えると30時間は多いのかもしれません。
それを知るためにも、次はメカニズムの観点でも、残業を考えてみましょう。


残業を多くするメカニズム

本書では残業における学習メカニズムを図のようにまとめています。
残業の学習メカニズム

実際はひとつひとつのメカニズムについて、データに基づいて論じているのですが、割愛します。

本書を読むと理解が深まるので読んでみるといいと思います。

簡単に説明します。

「個人レベル」だと、「残業」=「フロー状態」「有能感」といった「麻痺」状態に陥ったり、残業代がないと暮らしていけない「残業代依存」が習慣化することで、強化されていきます。

「組織レベル」だと、「残業」しないと上司や同僚に申し訳ないであるとか、やる気ないように見られないかといった雰囲気から「感染」したり、できる人に業務が「集中」し、昇進していくように制度化されることで、強化されていきます。

さらに「世代レベル」だと、上司が「残業」して出世してきた人だと、その部下も「残業」することで成果を残そうとするように「遺伝」し、伝統化してより強化されていくのです。

これら「個人レベル」「組織レベル」「世代レベル」の「残業」の学習が強化を繰り返し、今日の日本の残業を生み出しているとメカニズムを解説しています。


意識して残業を減らす理由

メカニズムを自覚して、ハッとしました。

自分は自分の意志で残業しているのか?
それとも、構造の中で知らず知らず残業のメカニズムに飲み込まれているだけなのか?

今は高度経済成長期ではありません。
働けば、その分売上が伸びるといった構造にありません。

市場から評価されることであるとか、社内の無駄を削減するであるといった、客観的な思考を必要とする業務が増えています。

そんな中で、自分がどういうことを意図して残業しているかが大切になってきます。

残業の2時間は、もしかしたら副業の時間にしたほうがいいかもしれないし、社外の人と会う時間にしたほうがいいかもしれない。

業務とは関係ないことに使った方がひらめきを生んでくれるかもしれません。

2時間×5日/週 = 10時間/週
10時間/週×4週間/月 = 40時間/月

僕は、この時間を見て焦りを感じました。

40時間を数万円を得るために使うのか。

将来のために投資するのか。

僕は後者を考えて、最近は勤務時間をより意識的にコントロールしています。
皆さんも何に時間を使うかは意識した方がいいと思います。

ということで、この本は「残業」を現実に基づき、過去を参照し、データに基づいて論じています。

語り口も非常に軽妙で読みやすく納得感があります。

「はぁ~、そうなんだ!」と10回は膝を打ったと思います。
是非読んでみて下さい。

人生楽しくない、つまらないとは言えない
人生楽しくないなぁ。

皆、何を楽しいと思って生きているんだろう。

割と苦しいことばかり起こる割に、心から楽しいと感じることはなかなか起きない。

こんな気持ちになることってありませんか?

僕は、東大に3年連続で落ちた後や社会人1年目のときに、こんな気持ちになってました。

今は社会人5年目ですが、あまりこういう気持ちにならなくなりました。

変化のきっかけの出来事を書き記します。

    僕の高校時代、アメリカンフットボール部の
    自分達の代のキャプテンについてのエピソードです。
     

    人生に起きた不意の出来事

    そのアメフト部のキャプテンはレシーバーという、パスをキャッチするポジションで、僕はコーナーバックという、そのパスのキャッチを邪魔するポジションでした。
    なので、チーム内で練習するときは相対峙するライバルのような関係でした。

    大学受験では、彼と僕は二浪を経験し、二浪目は同じ予備校に通っていました。

    大学時代、高校の同級生とは学年がずれていたため、大学生らしいことは彼と楽しむことがままありました。

    彼とタイに旅行に行ったとき、彼は現地の女性を口説いていました。

    また彼と学園祭に行ったとき、彼は僕にナンパの仕方を説いていました。

    とある高校の同窓会の帰りには、彼は女友達と私を築地に誘い、その流れ(?)でマザー牧場のバンジージャンプを飛びに行きました。

    上の通り、彼は無類の女の子好き、かつ新しい場所にどんどん行くのが好きな青年でした。

    社会人になってからも、ちょくちょく会っては刺激を受けていました。

    彼は損害保険会社の営業で活躍している様でした。

    僕が名古屋にいたときに、彼から転職の相談を受けたこともありました。

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    そんな彼でしたが、突然、病気で亡くなりました。

    病気が発覚してわずか半年足らずでした。

    学年で一番パワフルと言っても過言ではないあの彼が、と思うと信じられませんでした。

    人生を小説に例える

    彼には感謝しています。

    彼の冒険心は、僕の人生までも豊かにしてくれました。

    同時に、人がいつまで生きられるかはわからないことも実感させてくれました。

    自分がやりたいことは、できるだけ早くやっておいた方がいいと確信することとなりました。

    僕は浪人時代からRADWIMPSが好きです。

    「'I' Novel」という曲のこの一節を聴くと、彼を思い出し熱くなるものがあります。

    人生を小説のように例えているのですが、彼の人生を思い、同時に自分の人生を思わせてくれます。
     
    例え1ページで終わる命も
    1000ページに及ぶ命も
    比べられるようなもんではない
    同じ輝きを放つに違いない
    あいまい 何の気ない言葉延々紡ぐ暇などない
    1ページを生きた少年の
    本には誰よりも光る一行が
    綴られているんだ
    そう信じてやまないんだ
    もうジタバタしてたいんだ
    僕もどれだけ遺せんだ
    ねぇどれだけ生きれんだ
    時間以外の単位で
     

    自分にとっての楽しい人生

    彼の本は、想像よりもかなり少ないページ数で終えることを余儀なくされました。

    でも光る文が数多くありました。

    ひるがえって、自分はどうか?

    いつ勝手に終わらされるかわからない人生に、満足して生きているのだろうか?

    光る文章は書けてるだろうか?

    こう考えたとき、僕は人生が楽しくないなんて言ってる場合ではなくなりました。

    僕たちは時間が経過していく中で、常に何かに命をかけていることを自覚しました。

    だから、自分がやりたいと思っていたことに近づく行動を取り始めました。

    NPOや社会的事業を行いたいという目標を達成するために動き始めました。

    こうなると、だんだんと人生が能動的に動き始めて楽しくなってきました。


    人生が楽しくないと感じている方へ。

    あくまでも僕の例ですが、まずは何か叶えたい夢や目標を立ててみて下さい。

    それを達成するために行動してみて下さい。

    だんだんと人生にハリが出てくると思います。

    仮置きした夢や目標は、ハリが出てから修正しても大丈夫です。

    だんだんと自分にとって、人生で楽しいと感じることがなんなのか、わかってくるかと思います。

    いつ終わるかわからない人生、なるべく楽しみたいですよね。

    まずは小さくてもいいので、夢や目標を立てるところから始めましょう。

    ↓僕が立ち上げているワーキングマザー向けの転職サイトです。

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